最後の夏





オレの目に映ったものは、青。
目に染みる、青。
眩しい光に目を細めながら、オレは夏が来るのを感じた。
――オレ達の、最後の夏が。




「雄哉っ!部活行こうぜ!」
「おう!」
翔太の言葉に、オレは返事を返した。
HRが終わって、やっと部活ができる。
早くボールに触れたい。
その思いに突き動かされ、オレ達はカバンを急いで担ぎ、体育館へと向かった。





「ナイッシュー!どうしたんだよ、お前。何か調子よくねぇ?」
「オレはいつも調子いいんだよ」
「何言ってんだよ、バカ」
翔太がオレの背中をバシッと叩く。
今までの練習のせいで、額に汗が滲んでいた。
鹿島翔太。
オレと同じバスケ部で、中三の今までずっと同じクラスのくされ縁。
こいつは何でもできる。
頭もいいし、バスケも上手い。
そのくせ顔までもいいなんて憎らしい奴だ。
背も高くて、オレなんか翔太の顎に届くか届かないかくらいだ。
細いくせにちゃんと筋肉もついた理想的な身体。
翔太の隣にいると、いつもに増して自分が貧弱に見えてくる。
まあ、そうは言ってもこいつと一緒にいるのは心地いい。
バスケだって、一番翔太と息が合うし、一緒にバスケするのが一番楽しいんだ。
・・・・でも、もうすぐできなくなる。
オレ達にとって最後の大会が一ヶ月後に控えている。
それが終われば、翔太とバスケすることはもうないんだ。
最近そのことを考えるせいで少し気分が暗い。
「・・・雄哉?バテたか?」
オレの表情が暗くなったのに気づいたのか、翔太が心配そうにオレの顔を覗き込んでくる。
「・・・大丈夫、これくらいじゃバテねぇよ。ほら、始めるぞ!」
翔太に心配かけるのは悪い気がして、ポンと翔太の肩に手を置いた。
まだ一ヶ月も一緒にバスケできるんだ。
オレはそう思うように心がけて、翔太にパスを出した。




「ふぅ〜・・・」
練習後、オレは一人で自主練をしていた。
さすがに練習の疲れとの相乗効果で足が重くなってきた。
オレはずるずると壁にもたれかかるようにして床に座り込む。
横に置いてあったタオルを無造作に頭にかけて、顔を膝に埋めた。
・・・疲れた。
でも、勝つためにはもっともっと練習しなければいけない。
一試合でも多くみんなと、翔太とバスケがしたい。
それなのに、すぐには上達しなくて。
それが物凄くもどかしい。
「何暗くなってんのよ、谷村」
「えっ・・・田岡?」
突然後ろから女子の声がして、オレは驚いて振り返る。
そこにいたのは女子バスケの田岡だった。
田岡は女子のキャプテンをやってるから、かなり上手い。
「ほら、コレでも飲んで元気だしなさいよ」
「あ、ああ・・・ありがと」
田岡がよく冷えたペットボトルをオレに差出し、隣に座った。
田岡の額には汗が滲んでいて、今まで運動していたことが読み取れる。
でも、体育館にはオレしかいなかったはず・・・。
「・・・外、走ってたのよ。体力ないからね、あたし」
オレの心を読んだかのように田岡がぽつり、と言う。
・・・ああ、きっと田岡もオレと同じなんだな。
少しでも仲間とバスケをしたいけど、その気持ちに身体が追いついていない状態。
「もうすぐ大会だな・・・」
「そう、だね・・・」
沈黙が流れる。
少しして、田岡が少しずつ話し出した。
「あたしさぁ・・・自分がキャプテンとして今まで何か出来たかなぁって思ったの。でもいくら考えてもそう思えなくて。そうなると何かする最後のチャンスは夏の大会でしょ?もう、それを逃したら何もできないんだもん」
「そうなんだよな・・・」
「だから考えて、考えて。みんなにしてあげられるのは少しでも多く一緒にバスケできるようにすることかなぁって。そのためには勝ち進まなきゃいけないけど、今のままじゃ・・・」
悔しそうに、田岡が表情を歪める。
ぎゅっと握られた拳が、もどかしさを表していた。
でも、素直に田岡は上手いと思う。
どの試合もこいつが引っ張ってるのは明らかだし、女子でただ一人選抜に選ばれていた。
オレも田岡と1対1をするのは結構好きだ。
女子だからパワーがない分、テクニックで勝負してくるから練習になる。
「・・・大丈夫だよ。お前がいてくれるだけで、あいつら安心してるんだから」
「え・・・」
ポンと田岡の頭に手を置くと、顔を上げた。
「お前が退場しちまった試合のとき、覚えてるか?あいつら情けない顔してたんだから。退場だけはすんなよ?」
「なっ・・・!しないわよっ!!」
田岡がいきなり元気になる。
その豹変ぶりにオレは思わず笑みを零した。
それを見て、田岡が頬を膨らませた。
「まったくもう!普段よりちょっと優しいと思ったらこれなんだから!」
「お前が退場したら女子がかなり危ないから心配してやってんだよ」
「しないわよ。・・・あんたこそ、退場したりしたら殴るからね」
「オレはしたことないぜ?それを言うなら翔太だろ」
翔太の名前を出した途端に田岡が黙る。
まずいことを言ったのかと思って、少し焦った。
でも、オレの言葉のせいではないみたいだったから田岡の次の言葉を待った。
しばらくして、田岡がぽつりと呟く。
「・・・ほんとやめてよね。あたし、谷村と鹿島のコンビが好きなんだから」
「・・・はぁ?」
「あんたたちって、パスとかプレーのひとつひとつが通じ合ってる感じがするの。・・・それがすごい好きなんだよね」
驚いた。
田岡がオレたちのことをそんな風に見ていたなんて全然知らなかった。
「それに、さ。・・・鹿島は、もういなくなっちゃうし。あんたたちを見れるのはこれが最後じゃない」
「・・・・・」
そうなんだ。
翔太は父親の転勤で卒業したらすぐに他県に引っ越すことが決まってる。
だから同じ高校に行くことはないし、一緒にプレーすることももうない。
この大会が、ほんとにほんとの最後なんだ。
「あんたたちの仲の良さは女バス公認なんだからね。見れなくなったらみんな泣いちゃうわよ?」
「泣くって・・・」
「か弱い女の子を泣かせる気なの?」
反論をしようとしたオレに、何も言わせずに田岡がにっこりと笑う。
・・・これには勝てない。
それに、悔しいけど田岡のおかげで少しだけ元気が出てきた。
女子にも応援されてるんだから、最後までオレたちのプレーを見せないと。
「よぉっし!!」
「痛いっ!」
オレは気合を入れながら、田岡の肩を使って勢いよく立ち上がる。
田岡の声が聞こえたけど、この際無視だ。
「絶対勝つっ!!」
「・・・当たり前でしょっ!」
オレを見上げてくる田岡と目を合わせて、笑う。
田岡と同じように、きっとオレも挑戦的な顔をしてるだろう。
この気持ちを忘れないで勝ってやる。
オレはその思いでいっぱいだった。
だけど。
アクシデントは思いもかけない時に起こるものだ。
そう、最悪のアクシデントが――。










「翔太っ。こっち、パス!」
オレがそういうと、翔太はすぐさま反応してオレにパスを出す。
オレはそれを受け取って、一気に踏み込んだ。
ダムッ
ワンドリブルしてそのままゴール下へ滑り込む。
(入るっ・・・!)
オレの手から離れたボールはそのままネットへと吸い込まれた。
「ナイッシュー!」
パァン
駆け寄ってきた翔太とハイタッチする。
だけど喜んでばかりはいられない。
相手の攻撃を食い止めるべく、オレは低い構えをとった。
相手チームがドリブルしてボールを運ぼうとする。
オレはそれに抜かれまいと、じっと相手の動きを予測し、ついていく。
と、そのときそいつからゴール下の方へパスが出される。
「カット!」
叫びながら振り向いたオレの目に映ったのは、出されたボールをカットする翔太の姿だった。
弾かれたボールの方向に、身体が瞬時に反応する。
相手よりも先に追いついて、前へパスを出す。
「速攻!」
そう言って少しだけ振り向くと、翔太が相手にぶつかった所だった。
まあ、これくらいなら大丈夫だろう。
オレはそう思ってゴールに目をやると、丁度点数が決まったところだった。
「ナイッシュー!」
そう言ってオレはディフェンスに入ろうと、走り出した。
が、その時。
ピピィーッ!
審判の笛が鳴り響いて、信じられない言葉が聞こえた。
「レフリータイム!」
(えっ・・・)
誰がケガしているのかを確認しようとオレは慌てて振り向く。
「・・・っ!」
・・・そこに倒れていたのは翔太だった。
右腕を庇うように、身体を丸めて。
よっぽど痛いのだろう、端正な顔は思いっきり歪められていた。
翔太の頬を、汗が伝う。
それを見て、オレはやっと我に帰って翔太へと駆け寄った。
「翔太っ!!」
「・・・っ・・・あ・・・雄哉・・・」
オレの声に反応して、翔太が起き上がろうとするが、激痛に妨げられた。
練習でかいた汗ではない脂汗が翔太の額に浮かび上がっている。
その右腕に目を移すと、そこは赤黒く腫れていた。
折れてる。
オレはそれを見た瞬間、そう思った。
酷い内出血に、動くだけでも感じている激痛。
そもそも、捻挫などはすることがない場所だ。
とりあえずコートから出さなければ。
オレはそう思って、翔太に声をかけ、左腕を首に回させた。
「・・とりあえず、出よう。痛いと思うけど、立てるか?」
「・・・ああ・・・」
立ち上がる瞬間、少し腕が動いたのだろう。
翔太は痛みに顔を歪めたが、何も言わずにコートの外へと出る。
オレは翔太を少しでも楽な体勢にさせてから、叫んだ。
「監督っ!車、お願いします!」
「あ、ああ・・」
翔太のケガに驚いて突っ立っていた監督が、はっとして外へと駆け出す。
オレはその後姿を見送った。
ここから翔太をどうやって車まで運ぶか。
少しでも痛みのない方法を、と思うけれど中々見つからない。
「・・・車まで、歩けるか?」
「大丈夫だよ。オレはそんな柔じゃないから」
翔太は普段通りに微笑んだけれど、右腕の腫れはさっきよりも酷くなっていた。
脂汗が絶え間なく流れているところも、痛みの酷さを物語っていた。
「おい、一年!翔太の荷物、外まで持ってきてくれ」
「は、はいっ!!」
一年が慌てて駆けていくのを見届けると、オレは翔太に肩を貸して立ち上がらせた。
こいつの方がかなり身長も、体重もあるから結構キツイ。
でも、今はそんなことを気にしていられる状況じゃない。
オレの頭の中にはぐるぐると『骨折』の二文字が回っていた。
大会まであと一ヶ月を切ったこの状況で、骨折だったら翔太の出場は絶望的だ。
翔太の出ない試合なんて、オレには考えられない。
本当は不安で何もできなくなりそうだったけれど、オレよりも翔太の方が何倍も辛いことはわかっている。
そう思って、必死で平静を保とうとしていた。


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