案の定、翔太の右腕の骨は折れていた。
後から状況を聞いた所によると、相手選手と接触した際に体勢を崩して、手から倒れこんでしまったらしい。
翔太の全体重が右腕にかかったというわけだ。
医者によると、全治二ヶ月。
翔太の出場は絶望的となった。
だけど、そのことを聞いたときの翔太の反応は意外なものだった。
「あーあ。悪いな、出れなくなっちゃって。まあ、お前らならオレがいなくても大丈夫だろ?」
こう言って、ニカっと笑ったのだ。
あまりの明るさに、オレは拍子抜けしてしまった。
そのときは何も考えずに軽く流してしまったけれど、よく考えてみると、不自然なくらいの明るさだったように思う。
だけど、あの日から二週間以上たった今も、翔太は今まで通りの明るさを見せている。
「雄哉!何ぼーっとしてんだよ?練習始める時間だぞ?」
「あっ、悪い。ちょっと考え事してて」
三角巾で右腕をぶら下げた翔太が、不思議そうに首を傾ける。
部長の翔太が怪我をしてしまったため、副部長のオレが部活を仕切ることになっていた。
これが意外と神経を使うのだ。
副部長の時は気楽に出来ていたことも、部長がいない今ではオレがだらけるわけにはいかないし。
部員みんなに気を配って、厳しい言葉も言わなければならない。
身体的な疲れよりも精神的な疲れの方が大きくなってしまった。
でも、翔太はこんな仕事を弱音も吐かずにずっとやってきていたんだ。
・・・いや、一回だけあったな。
新人戦の直前に、『もう部長は無理だ』って言ってきた。
あいつは慰めて欲しかったのかもしれないけど、オレは思わずそこで手を出してしまった。
思いっきり頭を殴ったら翔太は頭を抱えたけれど、顔をあげた時にはいつもの笑顔に戻っていた。
だから、それでよかったんだと思う。
下手な慰めは多分欲しくなかっただろうから。
・・・だけど、今回は殴るわけにもいかない。
何をしたって、翔太の腕が大会までに治るわけじゃないんだ。
そう思うと何もできない自分が情けなくなってくる。
オレにできることは、少しでも勝ち進むこと。
そう信じて、あの日から練習量を倍に増やした。
実際、上達してるのかどうか自分ではよくわからない。
だけど、少しでも翔太のいない穴を埋めるために、オレが頑張らなくちゃいけないんだ。
そう思って、オレはボールを放り投げる。
手首の返し、膝の使い方、そして方向。
ピタリとはまった。
オレはボールがゴールに吸い込まれるのを見届けてから、声を張り上げた。
「整列ーっ!!」
「うっす!!」
オレの声に反応して、皆が一斉に集まってくる。
ふと見た翔太は、優しい笑みを浮かべていた。










ダムッ
オレが放ったボールは綺麗にゴールを通り抜けて、床へと跳ね落ちる。
絶え間なく流れてくる汗を、もう既にびしょびしょのTシャツの袖で拭うが、何の効果もない。
人気のない体育館を転がっていくボールを追いかけようと、オレは一歩踏み出す。
しかし、オレがボールに追いつく前に誰かがそれを拾い上げた。
微笑みながらオレを見ていたのは。
「翔太・・・」
その微笑を絶やさずに、オレへとボールを投げる。
パシィッ
小気味のよい音がして、ボールはオレの腕の中へと収まる。
「お前、汗すごいぞ。タオル持ってきてないのか?」
「・・・忘れた」
「ばーか」
そう言って、オレの頭をくしゃっと撫でる。
その手の優しさに、オレは何だか戸惑ってしまう。
思わず、振り払ってしまった。
翔太が驚いたように、オレを見る。
オレは目を合わせられないまま、呟いた。
「・・・汗だくだから、汚れるぞ」
「そんなこと気にしねぇって。それより、お前明日大会なんだからあんまり無理すんなよ?お前がダメになったらうちのチームは成り立たないんだからさ」
あくまで優しい翔太の声。
でも、オレはその口調にも、内容にも、無性に腹が立った。
オレはそんなにすごい奴じゃない。
翔太がいないってだけで、不安に押し潰されそうになってる。
「・・・オレはそんなに大した奴じゃない。お前の方がオレらにとってめちゃくちゃ大切だ」
「そんなこと・・・」
「あるんだよ!・・・何でケガなんかしたんだよ。何で一緒にバスケ出来ないんだよ・・・」
「翔太・・・」
「オレ達は・・・オレは・・・お前がいなきゃ何もできない・・・」
こんなこと、言っちゃいけない。
翔太の重荷になるだけだ。
あいつはもう十分分かっているはずなのに。
出てくる言葉を抑えられない。
目尻に滲んだ涙を見られたくなくて、オレは床へと座り込む。
「お前がいたから、楽しかったのに。最後の最後に一緒にできないなんて嫌だよ・・・」
「・・・・・・」
沈黙が、痛い。
ほんとはこんなことになって一番傷ついてるのは翔太なのに。
オレは、翔太に迷惑かけてばっかりだ。
だけど、その一瞬後。
翔太はオレの背中に腕を回して、ポンポンと叩いてくれた。
「雄哉。お前、もっと自分に自信もてよ。お前が必死で練習してたの、オレが一番知ってる」
「・・・だけど」
「みんなもお前のこと認めてる。あいつらが雄哉のこと陰でサポートしてたのよく分かってるだろ?」
「・・・・・・」
そうなんだ。
オレがメニューを考えるのに困ってる時は、さりげなくアイデアをくれる。
みんながまとまらない時は、声をかけてくれる。
オレの目が行き届かない所に、気を配ってくれる。
みんながいなかったら、オレは部長代理なんてやってられなかっただろう。
「雄哉はすごい奴だよ。オレが保障する」
そう言って、またオレの頭をくしゃっとなでる。
翔太が立ち上がったから、まだ潤んでいる瞳で見上げると、不敵な笑みを浮かべていた。
オレが持っていたはずのボールは翔太の手に渡っていて、嫌な予感にオレが身を捩じらせた瞬間に、それを投げた。
逃げようとしたが間に合わず、頭に強い衝撃を感じる。
「・・・・っ!!」
声にならない痛みにオレは頭を抱えるが、不思議と怒りは感じなかった。
頬が緩むのがわかる。
オレはまだ痛む頭を振り切って、笑顔で立ち上がる。
もちろん、手にはボールを持って。
それを見た翔太の頬が引きつる。
オレはそんなことはお構いなしに、思いっきり翔太に向かってボールを投げた。
オレのコントロールを甘くみちゃいけない。
逃げようとした翔太の背中にヒットする。
「いってぇ!・・・このやろう」
一瞬翔太は腰を押さえたが、ケガをしてるとは思えない素早さでボールを拾い上げた。
そしてそれをオレへと投げる。
今度はコースを予測して避けられた。
悔しそうな翔太の顔に、笑いが止まらない。
ちゃんと笑える。
翔太のおかげで、心が軽くなった。
今まで感じてた重さが嘘のように。
これで、明日も戦える。





















オレ達の最後の大会は、二回戦で終わった。
一回戦は余裕の相手だった。
オレがフル出場する間でもなかった。
だから、雰囲気はよかったんだ。
明日も行ける。
そう思った。
二回戦の相手は優勝候補。
新人戦でも負けた相手だから、嫌な感じはしていた。
試合が始まって、その予感は現実になった。
上手く、ボールが回らない。
思い通りにパスが通らない。
得点を重ねるけれど、それと同じ分だけ返される。
積もっていく苛立ちを抑えられずに、オレのファールの回数は増えていく。
ラスト10分の時には後一回ファールをすれば退場、というところまで追い詰められていた。
足が重くなって、相手を止められない。
募るもどかしさに、投げやりになったオレは思わず手を出そうとしてしまった。
だけど、そのとき翔太の声が耳に届いて、手を止めた。
『雄哉!』
たったそれだけだけど、オレの平常心を取り戻させてくれた。
試合終了のホイッスルが聞こえて、オレはフロアへと倒れこんだ。
だけど、自分の引退の瞬間にコートにいられたのは翔太のおかげだ。
だんだんと目に映る照明が滲んでいくのを感じたけど、動く気になれなかった。

そして、今。
試合後の監督の話を聞いて、自由時間に入った。
オレは昼飯を食べる気にもなれなくて、人気のない倉庫の壁にもたれかかっていた。
ここはコンクリートで囲まれているから、体育館よりは数倍涼しい。
去年の夏の大会の時に見つけてから、密かなお気に入りの場所だ。
ひんやりとした壁が気持ちいい。
目を閉じれば、さっきの試合のひとつひとつの動きを思い浮かべることができる。
あそこで決めていれば。
もうちょっと手首のスナップを使えば入ったはずだ。
あの時のパスが通っていれば。
ディフェンスをよく見ていれば通ったはずだ。
あの時、ファールをしなければ。
フリースローを与えずにすんだのに。
後悔ばかりが次々と浮かんできて、やるせなくなる。
こんな時、オレはどうしていたんだろう。
新人戦のとき、春の大会のとき。
・・・・・ああ、そうだ。
いつも翔太が側にいてくれた。
あいつも悔しいはずなのに、オレの頭を優しくなでてくれた。
あれだけで随分落ち着くことができた。
そう、こんなふうに・・・・。
(え・・・?)
懐かしい感触を頭に感じて、オレはふと顔を上げる。
そこにいたのは今正にオレが思い浮かべていた人だった。
「よく頑張ったな、雄哉」
まるで子供をあやすような優しい声で、雄哉が言う。
その優しさに、オレは思わず泣きそうになる。
何でこの間といい、オレがいてほしいと思うときにいてくれるんだろう。
いつも、オレが辛いときは静かに隣に座っていてくれる。
ふと顔を上げた時には、オレが安心する優しい微笑みを浮かべていてくれる。
同い年なのに、いつもオレを支えてくれていたのは翔太だった。
でも。
もう翔太とバスケをすることはない。
一試合でも引き延ばしたかったのに、できなかった。
「・・・ごめん・・・ごめんっ・・・・」
その言葉が唇から零れ落ちるのと同時に、オレの瞳が再び熱くなってきた。
泣いちゃいけない。
わかってるのに、止められない。
「・・・ごめん・・・ごめん・・・お前を、コートに立たせてやれなかった・・・!」
「雄哉・・・」
「お前が本当は辛かったこと、オレ知ってたのに・・・!最後にバスケさせてやりたかったのに・・・!!」
県大会に行けば翔太は試合に出られるはずだった。
オレは、知ってる。
部活が終わった後の静かな体育館で、翔太が一人で泣いていたこと。
声を漏らしはしなかったけれど、翔太の頬に光ったものを忘れることはできない。
ふとした瞬間に見せる辛そうな瞳。
見ないふりをするのが優しさだと思ったから、何も言わずに背中を叩いた。
翔太は、ほんとに苦しんでいた。
だからこそ、勝ちたかったのに。
「・・・オレ、後悔はしてる。めちゃくちゃしてるよ」
「・・・しょう・・・」
「何でオレなんだって何度も思った。悔しくて、あれから一週間はほとんど寝れなかった。でも、お前らに心配かけちゃいけないと思って・・・」
「・・・心配したよ、当たり前だろ!」
オレがムキになって叫ぶと、翔太はふわりと優しい笑みを浮かべる。
「・・・でも、今は後悔してない。今まで部長っていうプレッシャーに押しつぶされそうで、みんなのことを見てる余裕すらなかった。外から見る立場になって、気づかされたことはたくさんあるし」
翔太がそこで言葉を切る。
ふと、真剣な色を浮かべた瞳が揺らいだ。
「でも・・・」
小さく呟いて、天を仰ぐように上を向く。
「・・・最後に雄哉とバスケがしたかった・・・」
翔太が掠れた声で言う。

涙が一筋、すっきりとしたその頬を伝った。
涙の流れた跡の残る翔太の頬を見つめながら、オレの頭はフル回転していた。
今の言葉は聞き間違いじゃないのか。
翔太もオレとバスケしたいと思っていてくれたのか。
ずっと、オレだけだと思っていた。
翔太は、オレとじゃなくてもバスケが出来ればいいのかと思っていた。
そして、久しぶりに見た翔太の涙。
(ああ・・・そうか・・・)
ふと、気づいた。
「・・・最後じゃない。これからも一緒にバスケは出来るんだ」
「・・・え?」
「部活じゃなくたっていいよ、オレは。翔太とバスケできれば、それでいい」
そうだ。
これで、最後じゃない。
どこにいてもいいんだ。
翔太がいれば、翔太とバスケできればそれでいい。
「・・・あっちに行っても、オレが一緒にバスケしたいと思うのは翔太だし、それはずっと変わらない」
「・・・そうだよな。オレも、同じ」
そう言って、いつもの微笑みを浮かべながら、オレの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
くすぐったいような、不思議な感覚。
高校に入って、何年たっても、これだけは変わらないと思う。
オレの大好きな微笑みと、大きな手の感触。
ふとした時に見上げた空を思い出す。
青い青い空。
吸い込まれそうな空。
あの時、空にあれだけ惹かれたわけがわかった。
――きっと、翔太に重なって見えたんだ。
これからはずっと、空を見れば翔太を思い出すのだろう。
そして、今度は一緒に見上げられればいい。
何年たっても、一緒に。






☆あとがき☆
若狭アオイさまの200HITのキリリク小説でした☆アオイさま、リクエストありがとうございました!
学園もの、ということだったのですが・・・学園?部活ものってトコですか(笑)
これ、実話なんですよね。いや、まあ気持ちなんかはかなり捏造なんですが。
私は中学のときバスケ部で、男バスとすごく仲のいい部活でした。
特に部長と副部長のコンビはよくて、大好きだった。・・・だけど部長が最後の大会の直前に骨折してしまって。
彼はずっとベンチから応援してました。それを見てるとなんとも言えなくて。
負けた後の彼らの涙が忘れられなくて。今回この話となったワケです。
部長が卒業後転校するのも本当で、彼は今片道二時間の所に住んでいます。
この間遊んだけれど、変わってなくてよかった。
あの二人の中学時代を思い出しながら書いたお話でした。
いつかリクくださったら続き書くかもです(笑)リクなくても気が向いたら書きますね(笑)
ではでは、こんなトコまで読んでくださってありがとうございました!
あ、彼らの顔がいいのは本当です(笑)後輩から大人気でしたvv


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