花〜Momento−Mori〜

    死の意味(Side;Boy)

 

 

 

近未来・・・オレ達にとってのその時代は平和なのだろうか。

人々が、みんな笑って暮らせる時代になっているのだろうか。

21世紀初頭に生きた人たちにとっての近未来・・・つまりオレの生きている時代は。

・・・・・混沌に塗れた時代だ。

世界戦争が勃発したのはつい最近の話。

初めのうちは、民間人のオレ達には被害はなかった。

が、つい最近になって被害が拡大してきたのだった。

いろんなヤツらが殺された。

先生、友達・・・・そして、家族すらも。

今オレに残されているのはアイツだけ。

一緒に生きてくれているのはアイツだけなんだ。

だから、アイツだけは絶対に、失いたくない。

 

ふと、アイツを見たら何か遠くを見ているようにみえた。

 

「ミア・・・どうした?」

「えっ・・・あ、なんでもないよ、ケン」

「そうか・・・。身体壊さないように気をつけろよ」

 

そうオレが言うと、ミアが複雑な表情を見せた。

多分、オレの心配でもしているんだろう。

だけど、オレにとってはミアの方がずっと心配だ。

元から細かったけど、最近前にもまして身体の線が細くなった気がする。

満足に食べ物もないんだから仕方ないとは言え、不安になる。

 

「あ・・・ちょっと待って」

 

ミアがそう言って突然走り出した。

 

「おい!」

 

少しだけ大きめの声で言ったけど、ミアには聞こえていなかったらしい。

 

「ったく・・・」

 

オレは少し呆れながらもミアを追って走り出した。

こんな時代に、一人で出歩きはさせられない。

どこで軍人が狙っているのかわからないんだから。

 

少し走ると、遠くにミアの後姿が見えた。

そんなに離れてない場所なんだな・・・。

 

少し速度を緩めて、目を凝らす。

どうやら、ミアがいるのは泉のようだった。

 

(こんな所に泉があったんだな・・・)

 

そんなことを思いながら、静かにミアへと近づく。

小さな細い背中を見ていると、ものすごく痛々しい気持ちになる。

その気持ちをぐっとこらえながらオレはミアの後姿に声をかけた。

 

「何してんだよ?」

「きゃあっ・・・!!」

 

オレの声に、ミアが大げさな叫び声をあげる。

 

(やべっ・・・!!)

 

オレは慌ててミアの口をふさぎ、じっと動きを止める。

この時代は、いつ殺されるかわからない。

オレ達は何度も何度もたくさんの死体を見てきた。

その度に、ミアがぎゅっと下唇を噛んでいたことも知っている。

だからこそ、ミアにそんな思いはさせたくない。

 

しばらくじっとしていたオレ達だったけど、不自然な気配も感じない。

すこしだけほっとしていると、ミアが小さく口を開いた。

 

「ごめん・・・」

「いいよ、オレは。でもミアはよくないからさ」

 

これは本当。

オレはいつ死んでも構わない。

だけど、ミアだけは死なせられない。

ミアは少しの間、じっとオレを見ていたがふと、手に持っていたハンカチをオレの顔に当てた。

オレは少しだけ驚いて身体を震わせたけど、抵抗はしなかった。

ひんやりとしたハンカチの感触。

それがオレの顔の汚れをふき取っていくのが感覚でわかる。

・・・気持ちいい。

やがて汚れが全てふき取られた時、ミアが驚くのがわかった。

きっと、オレは醜い顔をしているんだろう。

日に日にやつれていくのは自分でも感じていた。

敢えて顔の汚れを取らなかったのはミアに気づかれたくなかったせいもあった。

ミアを不安になんかさせられない。

そらしていた目線を戻すと、ミアの瞳の色に驚いた。

切れ長の目の中に収められた瞳が、何とも言えない色をしていた。

複雑な色。

何を思っているのか、すぐにわかった。

オレがこんな風になったのは自分のせいだとでも思っているんだろう。

・・・違うのに。

ミアの瞳が、揺れていた。

今にも泣き出しそうな瞳だった。

そう、思った・・・瞬間。

 

トン・・・

少しだけ身体に感じた衝撃。

服を捕まれている感触。

ミアが、オレにしがみついていた。

 

「ミア・・・・・・!?」

 

オレは驚いて声をあげたけど、ミアは動かなかった。

少し戸惑いながら、ミアを見下ろす。

ぎゅっとオレの服を掴んでいる手が、震えていた。

・・・・・ミアが、泣いてる。

涙は流れていないけど、泣いてる。

本当なら、ここで抱きしめてやるべきなんだろう。

だけど、オレにはできない。

これから、オレはミアとずっとは一緒にいられない。

それを本能的に感じていた。

ミアを、一人で残さなくてはいけない。

そう思うと、辛くて。

目頭が熱を帯びてくるのを感じた。

気づかれては、いけない。

ミアを不安にさせるだけだから。

オレはぐっと堪えて、平気なふりをした。

ミアが何かを言ったけれど、聞こえないふりをした。

今、声を出したら、きっと気づかれてしまう。

・・・少し、気分が落ち着いた。

 

「・・・ミア。そろそろ戻ろう。一定の所に留まると危険だ」

「・・・うん」

 

ミアがオレから身体を離す。

そして、じっとオレを見ていた。

きゅっとした、切れ長の綺麗な瞳。

白くて細い指がオレの髪にかかる。

さらさらと、流れ落ちる感触が気持ちいい。

やさしい笑みを浮かべるミアが、なんとも言えずにいとおしい。

なんで、オレ達はこんな時代に生まれたのだろう。

ミアを一人置いていくなんて、できやしないのに。

・・・気がつくと、ミアの顔がすぐ近くにあった。

そっと、触れるだけのキス。

無意識のうちの、キス。

 

少しだけの時間だったのに、永遠のように感じた時。

心が、痛い。

疼くような痛みが、襲ってくる。

そっと唇を離すと、ミアと目があった。

白くて小さな顔。

薄茶色のさらさらの髪。

ミアの全てが愛しくて、そっとその前髪を割って額に唇を落とす。

ミアがなんとも言えない顔をしながら、そっとオレへと手を伸ばす。

頬に、ひんやりとした感触。

なんで、オレは、幸せになれないんだろう。

そう思った瞬間。

ミアを抱きしめていた。

身長はほとんど変わらないのに、細くて小さな身体。

なんでオレ達は一緒にいられないんだろう。

こんなに、好きなのに。

いや、そんな言葉じゃ言い表せない。

    『アイシテル』

それが、全て。

オレが生きているのはミアを守るため。

オレが死んでもミアは生き残らせたい。

・・・・でも。

このまま、一緒に死ねたら、どんなに幸せなんだろう・・・・・・。

ダメなんだ。

そんなのは、間違ってる。

オレはその考えを打ち消そうと、ミアを腕から解放する。

 

「・・・行こう」

「・・・うん」

 

そっとミアへ手を差し伸べる。

うれしそうな顔をして、ミアはオレの手をとった。

 

オレは、おごり高ぶっていたんだ。

幸せになんかなれるはずないと、わかっていたのに。

 

 

 

 

 

行く時にも通った、死体だらけの道。

いつみても気持ち悪いのは変わらない。

隣でミアが身震いするのが感じられた。

ミアを不安にさせまいと、ぎゅっと手を握る。

すると、ミアが安心したように微笑んだ。

オレは少し安心して、声をかけた。

 

「さっさと通ろう?」

「うん」

 

やっぱりこんな道は気持ちのいいものではない。

早く立ち去ろうと早足になる。

その時だった。

背後に殺気を感じて振り返る。

そこには、鉄砲を持った軍人がいた。

・・・まずい。

そう思った瞬間。

 

パァン!!

 

銃声が聞こえて。

オレはとっさにミアを突き飛ばしていた。

 

「ミア!!」

 

何かがオレの身体を貫く。

もの凄い痛みを感じ、一瞬オレは宙を舞う。

そして、地面に叩きつけられた。

・・・痛ぇ・・・。

くそっ・・・。

目が霞んできやがる。

 

ふと、そこに人の気配を感じて身体を起こそうとするが、動かない。

変わりに指だけがぴくりと動いた。

 

「ケン!!ケン!!」

 

ミアの声が、耳に入ってきた。

叫んでいるんだろう。

でも、オレには小さくしか聞こえない。

 

「・・・ミ・・・ア・・・」

 

やっとの思いで返事をする。

かすむ目でミアを見る。

泣きそうな顔。

ごめん、ミア。

オレ、そんな顔ばっかりさせて。

 

でも、もう一つだけ、言わせてほしい。

ずっと伝えたいことがあったんだ。

 

「・・・・き・・・だ・・・・・よ・・・・」

 

ミアが目を見張るのが雰囲気でわかった。

でも、違うんだ。

こんな言葉は違う。

オレは、ミアを。

 

「・・・・・あい・・・・・・し・・・・・て・・・・・・・・・・・」

 

最後まで、言えなかった。

出なかった声が恨めしいけど。

お前に、届いた?

いつも、助けられていた。

ありがとう。

愛してる。

 

(・・・っ・・・!!)

 

突然激痛が襲い、身体が大きく跳ねる。

本当に、意識が遠くなってきた。

ミアを置いていくのは気がかりだけど。

・・・それは仕方ない。

 

 

「いやぁ――――――――――っ・・・・・!!」

 

 

ミアの叫び声が遠くで聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

オレが、生きていたのは何のためだと思っていた?

 

アイツを守るためだったんだ。

 

アイツを愛していたからなんだ。

 

オレは、アイツのために生きていた。

 

オレは、アイツがいたから生きてこられた。

 

死ぬのだって、オレにとっては同じなんだ。

 

アイツを守るためになら、死んでもよかった。

 

オレにとっては生きる意味と死ぬ意味は同じなんだ。

 

そう。

 

愛することこそが、オレの死ぬ意味。

 

 

 

 

 

お前を守って死ねてよかった。

 

 

 

 

 

お前を愛して死ねてよかった。

 

 

 

 

 

                                                                  終幕

 

 

 

 

++あとがき++

これも長めですね〜。タイアップさせるのが結構大変だと思い知らされました(笑)

セリフとかおんなじなんでつまらないかなぁ、とも思うんですが。

これは『生の意味』の男の子、つまりケンバージョンですね。

作中ほとんど名前でてこないんですけど。愛、とか私にはわからないけれど、これも一つの形。

死ぬ意味なんていらないけど、こんな意味だったら素敵だなって思います。

この二人の話はすごくダークで、死にネタが出てきちゃったんですけどすごく書きたかった話。

だから書けて満足です。二人に未来はないけれど、愛、よりも依存という方があうような気がする、一つの形でした。

読んでくださった方々、本当にありがとうございました!

 


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