花〜Momento‐Mori〜

  生の意味(Side;Girl)

 

 

 

パンパンッ・・・

ドォン・・・

 

そんな音が絶えない。

西暦2186年。

21世紀の初めに生きた人たちにとっては近未来というのだろうか。

その字の通り、近い未来は混沌に塗れているということは知らないだろうけど。

2182年。

世界大戦が勃発。

初めはそんなにたいしたことじゃなかった。

鉄砲や爆撃の音がいつも耳に入ってくるようになったのはつい最近のこと。

いろんな人が私の周りで・・・・死んだ。

でも泣けない。

本当に好きだったから、悔しかった。

だから泣けない。

家族も、友達も。

みんな殺された。

私に残っているのはただ一人。

彼・・・・だけ。

彼だけは、絶対に失いたくない。

二人になって、初めて気づいた。

 

「ミア・・・どうした?」

「えっ・・・あ、なんでもないよ、ケン」

「そうか・・・。身体、壊さないように気をつけろよ」

 

ケンが心配そうに言う。

・・・私の心配なんかより自分の心配してよ。

ケンのすすで汚れた顔とか。

ところどころ血が滲んで赤くなってるとことか。

見るたび、私が心配になるの知らないでしょ?

 

「あ・・・・ちょっと待って」

 

私、そう言って走り出す。

つい最近、この辺で見つけた綺麗な泉があるんだ。

 

 

 

・・・あった!

 

こぽこぽ・・・・

 

微かな音が聞こえるのは私だけじゃないだろう。

この音、好き。

腐りきったこの世界から抜け出させてくれそうで。

 

チャプン

 

手を入れると、この冷たさが気持ちいい。

本当に澄んでいて、でも底は見えない。

そこが不思議で、いい。

私はポケットからハンカチを出すとそっと水に漬ける。

じわじわと、ハンカチの色が変わって。

染みて行く様子は綺麗。

全部の色が変わった時に出して絞る。

水滴が落ちて、水面に波紋を呼ぶ。

 

「何してんだよ?」

「きゃあっ・・・!!」

 

突然後ろから声が聞こえて、私思わず叫んでしまった。

すかさずケンが私の口を塞ぐ。

・・・しまった。

戦争中で、いつどこに敵が潜んでいるかわからないのに。

この辺りはまだ平気だけど、来る途中の道なんかには息絶えた人たちがたくさん転がっていた。

鼻をつく異臭ももう慣れた。

血が流れて、地面を赤く染めて。

茂みに隠れながら、私達は何度その光景を見ただろう。

生きるか、死ぬか。

私達にはそれしかない。

 

私とケンはしばらくじっと動きを止めて。

何も感じないのを確認してから口を開いた。

 

「ごめん・・・」

「いいよ、オレは。でもミアはよくないからさ」

 

ケンが優しい顔で微笑む。

血と、土で汚れた顔。

子犬みたいなまだ成長しきっていない顔。

それなのに、いつでも私を守ってくれた。

私は居たたまれなくなって、ずっと握っていたハンカチをそっとケンの頬に当てる。

一瞬ケンはビクッと身体を震わせたけど、されるがままになって動かなかった。

濡れたハンカチがケンの頬から汚れを消していく。

すっかり汚れが消えたケンの顔を見て、私は息を飲んだ。

・・・何で、こんなに顔色が悪いんだろう。

汚れていなかった頃のケンの顔はほんのり赤みがかかった肌色だった。

けど、今は青白いという形容がぴったりなくらいの顔色だ。

しかも、やつれて。

元々細身だったけどさらに線が細くなってしまってる。

 

・・・やだ。

何で・・・・。

何で・・・私は・・・気がつかなかったんだろう?

少しでもケンを守ってあげればよかった。

ケンを頼るばっかりで、自分では何もしようとしなかった。

ケンがこんなになるまで。

 

私はやりきれなくて。

ケンにしがみ付いていた。

 

「ミア・・・!?」

 

ケンは驚いたような声を上げたけど、私には気にならなかった。

ただ、無償にやるせなくて、悲しくて。

何とも言えない気持ちが心に溢れて。

私は泣いていた。

・・・心で。

 

ケンを・・・彼を失いたくない。

この気持ちが何なのか、初めて気づいた時だった。

「すき」じゃ表せない。

 

 『アイシテル』

 

私はまだ子供だし、戯言だと言われるかもしれない。

でも、それが私にとっての真実だから。

 

「・・・愛してる」

「え?」

 

ボソっと言った言葉は彼に通じなかったかもしれない。

でも、それでいい。

愛してる、なんて言う気持ちは彼にとって負担になるだけだから。

私は、自分の気持ちと同時に彼の気持ちにも初めて気づいた。

ケンも・・・私と同じだったんだ。

この時代に生きる意味。

それは、彼に愛されているということだけ。

彼が守ってくれている命だから、捨てられない。

 

「・・・ミア。そろそろ戻ろう。あんまり一定の所に留まると危険だ」

「・・・うん」

 

ケンは、それ以上追及しなかった。

私は身体を離し、ケンの顔を見つめた。

瞳が印象的な小作りな顔。

さらさらの茶色の髪に指を通してみる。

流れ落ちる感触が愛しくて堪らない。

そのままの状態で少したって、ふと私より少し高いケンの顔が近くにあった。

 

・・・触れるだけの、キス。

 

乾いた唇の感触。

永遠にでも感じられる永い時間。

心が、痛かった。

ケンの唇が離れ少しの間、目が合う。

今度はそっと前髪を割って、額に唇が落とされる。

・・・ああ。

私はこの感触を一生忘れない。

自然と手が伸びてケンの頬に触れる。

・・・あったかい。

この温もりを永遠にでも感じていたい。

私がそう感じたその一瞬後。

ケンの瞳が切なげに揺れ、私の身体は彼の腕の中に収まっていた。

遠慮がちに、でも強く。

私の背中に回された腕は微かに震えていた。

今、この時、この状態で死ねたらいい。

私は本気でそう思った。

でも、ケンはすぐに私から手を離した。

その時に見たケンの瞳は何とも言えない色をしていて。

私まで切なくなった。

 

「・・・行こう」

「・・・うん」

 

そっと差し伸べられた手。

細いけど、私より大きなその手を取って私は歩き出した。

ここで幸せが途切れるとは夢にも思わずに。

 

 

 

 

さっき通った、死体が転がっている場所。

臭いは感じないとしても、見た目にも気持ち悪くなる。

心なしか、さっきより数が増えている気さえした。

私は思わず身震いをする。

すると、それを感じ取ったのか少しだけ握られた手に力がこもる。

それだけのことだけど、私は何だか嬉しくなった。

 

「さっさと通ろう?」

「うん」

 

ここを早く立ち去りたいという気持ちはケンも同じらしく、早足になる。

その時だった。

ふと背後に気配を感じて私達は振り向く。

そこには迷彩服を着て、鉄砲をもった軍人が立っていた。

 

   ここから全てがスローモーション。

 

 

 

パァン!!

 

「ミア!!」

 

 

鉄砲の音と、ケンの声がほぼ同時に聞こえて。

ケンが私に迫ってくる。

そして、突き飛ばされた。

 

信じられないほどの力で私は押されて、地面に倒れこむ。

一瞬目を閉じたけどまたすぐ開いて。

すごくイヤな予感がしたから。

・・・的中した。

 

私の目の前で。

鉄砲の弾がケンの身体を貫いた。

そして、細いケンの身体が宙を舞って。

地面に叩きつけられた。

それまでの間は一瞬のハズなのに、やけに長く感じるのは。

・・・何故だろう。

 

私は固まって中々動かない身体を無理やり動かして。

一歩ずつケンへと近づく。

もっと早く行きたいのに。

心のどこかで拒否している自分がいて。

ほんの2,3メートルなのに。

やけに長い道のりだった。

 

 

やっと、ケンの元にたどり着いて。

その身体をそっと見つめた。

 

ピクリ

 

少しだけ、ケンの指が動く。

私は思わず彼に飛びついて叫んでいた。

 

「ケン!!ケン!!」

「・・・ミ・・・ア・・・」

 

掠れた声で聞こえたのはきっと私の名前だったと思う。

 

「・・・・き・・・だ・・・・・よ・・・・」

 

私は思わず耳を疑った。

驚いて、動きが止まる。

 

「・・・・・あい・・・・・・し・・・・・て・・・・・・・・・・・」

 

聞こえるか聞こえないかの声だったけど。

確かに私に届いていた。

 

そこまで言って、突然身体を大きく震わせたと思うと。

・・・・・・・彼は動かなくなった。

 

「・・・・え?」

 

そっとケンの頬に触れてみる。

あったかいけど。

さっきのケンのぬくもりとは少し違う。

 

「・・・ねぇ」

 

ケンの胸に耳を当ててみる。

聞こえるハズの心音が。

聞こえなかった。

何も、音がしなかった。

 

「・・・・・やだ」

 

閉じられた瞳。

子犬みたいな、きらきらした瞳は。

切なげな色を浮かべたあの瞳は。

二度と、開けてはくれないの?

 

頬を叩いても、反応はなくって。

さらさらと流れ落ちる髪の毛が。

堪らなく悲しい気持ちにさせた。

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・いやぁ――――――――――っっっっ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

青い青い空に。

私の声が響き渡った。

 

その青空の下で。

私は初めて涙を流した。

 

 

 

 

 

 

 

ねぇ。

 

目を開けて。

 

あの瞳で、もう一度私を見て。

 

あなたの暖かい腕で、私を包んで。

 

あなたの声を聞かせて。

 

・・・・私にあなたを、愛させて。

 

 

 

 

 

あなたに愛されていることが、私の生きる全てだった。

 

愛される事だけが、私の生きる意味だった。

 

あなたがいたから、生きていこうと思った。

 

あなたがいたから、生きていけると思った。

 

 

それなら、あなたを失った私は。

 

 

 

 

 

これからどうやって生きていけばいいのだろう。

 

 

 

 

                                                                    終幕

 

 

 

 

++あとがき++

終わりましたぁ・・・。疲れた、っていうか私まで気持ちが暗くなっちゃって。(笑)

めちゃめちゃ暗い話でしたね。戦争中の話。

世界観は私のイメージなので、あんまり深く追求しないでくださいvv(笑)

こんな話だけど、書きたくて仕方がなかった話なんです。

「花と関係ないじゃん!」と思われますでしょう?確かに関係ないんですよねぇ・・・。

いや、私が『Memento‐Mori』の意味を「死ぬ意味」とカン違いしてて・・・。

そのままこの話を思いついたんです。まぁ、書けて満足ですvvタイアップする話もあるので読んでみてくださいね♪

私にしては長い話(笑)をここまで読んでくださって、ありがとうございました!


女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理